「金と芸術 なぜアーティストは貧乏なのか? 芸術という例外的経済」2007/6/6のシンポジウム・レポート 村松恒平

Posted on 6月 15, 2007

「金と芸術」は、いま芸術に関わる人々にとって、関心の高いテーマだろう。リクエストもあったので、このシンポジウムで語られたことについて、ホットなうちに簡単に概観しよう。
ただ有用な情報であっても、あまり細部は拾わない。興味がない。だから、情報を求める人には、あまり律儀なレポートにはならない。
このシンポジウムは、基本的に全員が個別テーマを持ち寄り、自分の与えられた持ち時間を話すというスタイルであった。
それぞれが話したテーマについて総合的な観点で語り合ったり、もっと絞ったピンポイントなテーマについて、突っ込んで話し合う時間はもたれなかった。
ないものねだりをしても仕方がないのだが、ひとりひとりに割り当てれた時間が長く、冗長であったり、同じ論旨がくり返される部分があったので、その部分をカットして、全体を短くするか、討論に当ててほしかった。

司会の上田雄三氏は、温厚そうでバランスのとれた紳士という印象であった。中国のアート市場の過熱ぶり、狂乱ぶりについて、具体的な体験をもとに語り、それなりに貴重な珍しい話であった。
本の翻訳者の山本和弘氏は、上田氏が中国のアートバブル状況に「驚いた」といったことに対して、「僕は全然驚きません。世界的な金余り現象の中で当然のことです」というような発言をする人であった。
そういう一見クールな発言をするかと思うと、「本が期待した10分の1も売れていない」とか、「翻訳者は芸術家のように助成を受けられない」という発言がポロリと出ることもあり、なんというか、ねばっこい話し方をする人であった。翻訳という労を多くして益少ない仕事をしているのでは大変だろうと思ったが、後できけば、本業は県立美術館のキュレーターであるという。税金から安定した給料をとっている人が助成に対してうらみがあるのは解せない部分がある。
そんなことは些細なことだが、本の主旨に沿って、「芸術の神話」という言い方を多用したのが気になった。つまり、芸術にまつわる幻想をこの本によって払拭する、という鼻息の荒さがある。
しかし、僕にとっては、神話とは否定すべき幻想とイコールではない。神話には神話の機能がある。
文化的な付加価値を神話と呼ぶならば、貨幣経済こそが最大の神話であろう。
金はリアルで芸術は神話だという論旨であれば、それはアートマネジメントに関わる人だけが議論すればいいことであって、芸術家や芸術そのものには関係ない。
こういう議論や風潮を進めていけば、これからの芸術家はセルフ・プロデュースをしなければならない、村上隆がいちばん偉い、という論理にもなっていくのであろう。
セルフ・プロデュースはできたほうがいいに決まっているが、それができなければ芸術家ではない、という話になれば、それは芸術の話ではなく、ビジネスの話になっていく。
芸術だってただのビジネスだ、と主張したいだけなら、別にこんなに厚い本を訳す必要はない。

山本氏の発言でいちばん違和感があったのは、「芸術の値打ちと、価格は必ず同期する。昔は、それに時間がかかったが、今は、すぐに高騰する。タイムラグがなくなったのだ」という意味の発言だ。
これは乱暴な言い方で、そういうものではないと思う。すぐれたものでも、埋もれたままのものもあり、くだらないものでも高く売れるものもある。
お金を芸術の客観性を測る秤にして一元化してはいけない。
僕は世が世なら、ゴッホの作品はあんなに高価にならなかったと思う。
新宿の駅頭で、ゴッホが3万円で自分の作品を売っているとする。顔に包帯を巻いて耳のところには血がにじんでいる不気味な老人である。絵をみれば、麦畑が妙にどよどよとして、カラスが飛んでいる。この男は無名で、もちろん将来有名になるという保証もない。
東京のゴッホ展には、50万人が詰めかけたというが、その中の何人が3万円で無名のゴッホの絵を買うか。僕はときどき想像して首をひねるのである。現にゴッホが生きている間、誰も彼の作品を買わなかったではないか。
この話を僕は最近、いろいろな人にするのだが、まだ即座に「自分なら絶対買う!」と自信をもって叫んだ人はいない。ちなみに僕は買いません。
だから僕は、「芸術の値打ちと、価格は必ず同期する」というのは、山本氏の中のとても楽観的な(物事の価値がシンプルで混乱がないという意味で)神話だろうと思う。

ニッセイ基礎研究所、芸術文化プロジェクト室長の吉本光宏氏の話は面白かった。具体的な数字のデータを元にして、クイズを交えたものだ。美術品の輸出入の金額の推移や、各国の芸術に関する政策や税制などを比べたものだ。日本人が印象派ばかりを買っているという数字も面白かった。
行政にも金をバラまくのではなく、いろいろ芸術をバックアップする手段があるものだ。たとえば、相続税の芸術品による物納などの話がでた。相続税が払えず美術作品を燃やした実話などを読んだことがあるので、とても実際的な話に思えた。
寄付に対する税制の話などもあった。
全体に日本の行政は芸術に対する意識が遅れているな、と思って聞き終えた。
ところが、山本氏が「芸術には金をやって補助するとダメになります」という意味のことをいった。本の中にある金を出せばより志望者が増えるので、貧乏な状況は変わらないか悪化するということのようだ(もとより録音もメモもしていないのでアバウトに意味をとっている)。
すると、吉本氏、急にニコニコしてうんうんとうなずいて、まったく金をだせばいいというものではない。そういう意味のデータではないことをお断りします、といった。
ことなかれ主義の匂いがした。
たしかに、この件に関する山本氏の発言おおむねは正しいだろう。補助金漬けで農業がダメになり、生活保護を受けるために働かない人々が生まれる。かつて「脱学校の社会」という本でイワン・イリーチという社会学者が実証的に書いた通りである。
ただ、データの中には、そのような金のバラまきとは違う基礎的部分を整備するという側面が強かったはずで、そういう部分はきちんと指摘して反駁してもらわなければ、創造的な議論にはならない。
面倒臭くなるとテータを編集した肝心なテーマまでさっさと取り下げてしまうその態度にはがっかりした。

慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ総合研究機構・教授の岩淵潤子氏は、バーゼルのアートフェアのことを中心に語った。要するに芸術で人を集めて、街全体に金を落とさせる。そのことを市民も行政も高い意識をもって、自然にやっている。そういう文化がある。
芸術そのものに人が金を使わなくても、宿泊や飲食その他で楽しめて、観光客がお金を落とす祭りに盛り上げる、それが上手だ、という話だ。
よいお話である。啓発的な部分もあったが、長い。もう少し体験談は端折って、全体のテーマとつなげる話をしてほしかった。テーマとつなげる部分はどうも未消化で取ってつけたようであった。
全体にプロジェクターを使って、何かを投影しながら話すのだが、岩淵氏の場合は、海外の写真である。なんか後半は間延びして海外旅行から帰ったおばさんにスライドを見せられて自慢されているような具合であった。岩淵氏は国際的に忙しく飛び回っているという紹介があり、自慢と言うより日常であろうが、僕らのようにいつも国内でのたくっている人々には不評であった。

全体にこの人たちが貧乏なアーティストを想像する場合、「芸大を出たのに、芸術を職業にできない人々」を思い浮かべているような気がする。それ以下は存在しない、という感じ(これはあくまで僕の印象である)。

この「知的」なシンポジウムの本質は意志の不在であった。新しい認識というのは、地図であり、羅針盤である。誰がそれをもって旅するのか、ということが欠けていると、それは「知的」おしゃべりになる。翻訳者の山本氏も含めて、芸術が神話化されているがゆえに食べている面があるだろうし、新たな神話の再生産にも荷担しているはずなのである。しかし、そういう根本テーマはすべてスルーされて誰の立場でもない話が進んでいく。

芸術を非神話化することによって、どうなる、あるいはどうしようというのか?
一部の特権的芸術家に金が流れるだけでなく、もっと広く薄く芸術家に流れるのか?
あるいは特権をはぎとり、当たりのない宝くじのように、あらゆる芸術家が貧乏になればいいのか?

パネラーの人の大部分は、お金に困っていなさそうである。要するに貧乏でない人が芸術家の貧乏とお金について話しあっているのだ。誰も芸術の現状について困ってもいないし、従来の秩序を壊すような方向性や結論を求めてもいない。
若く貧しい芸術家の友人たちの顔を思い浮かべると、全然関係ない話だなー、と思う。生きているレイアーが違うのである。
「金と芸術」について考えさせられる。

パネラーは、それぞれにすぐれた能力、識見、経験、知識を持っているが、それがぶつかりあうことはなく、それぞれが自分の立場を守りつつ、相手の領分を侵すこともなく、なんの結論も方向性もないまま話は終わり。それで3時間。長い。芸術を語ることは芸術的ではない。

最初のほうに、これは結論を出すための話し合いではなく、予備的なものである、というような言葉による但し書きがあった。
たしかに、このような話し合いなら、永遠に予備的であり、何も生み出さないまま続けることができるだろう。
なるほど、シンポジウムというものでは、これで「何かした」、ということになるのだな、とその部分にいちばん感心したりして。

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Author: 村松 恒平
Profile:村松恒平 1954年東京生まれ。【DRAGON ART CREATOR'S REVIEW】編集人。編集者、ライター、芸術家。著書に『プロ編集者による 文章上達スクール』シリーズ(メタブレーン)など。面白いプロジェクトや、お仕事募集中!
Data: 2007 年 6 月 15 日 at 5:11 PM

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