能を初めて見てぶっ飛んだ! 『薪能・野守』  村松恒平

Posted on 5月 24, 2007

昨日は、誘われて深大寺で薪能、野守を見てきました。これは境内の本堂の正面に舞台を特設して行われます。ほとんど宣伝していませんが、数百人の人が座って見物していました。無料です。
狂言は見たことがありますが、能を見るのは初めてです。予備知識もほとんどありません。

「野守」は、山伏が、野守という役目の老人に、鬼神を呼び出す不思議な鏡を見せてくれ、と頼み、やがて老人は鏡をとりに消え、代わりに鏡をもった鬼(同一人物?)が現れて地獄に帰っていく、という筋。
説明しても茫洋としていますが、詞章や大意を読んでも、見た僕自身が、どうにも半分くらいしかわからないのです。
そのぼんやりした感じがどうも能の本質なのです。

薪能は、夕刻、薪に火をつけて行われます。
「見ているうちにやがてあたりが暗くなり、幽玄の世界に誘われます」と主催者が挨拶で言っていましたが、本当にその通りでした。
黄昏というのは、誰そ彼と書いて、ぼやっとしか相手の姿が見えなくなる時間帯をいうそうですが、薪能、というのは、全くそういう時間に入っていくための装置なのです。

正直に言うと、ものすごく眠くなります。
鼓とかけ声のリズムは、厳密に決められているのでしょうが、西洋音楽に慣れた耳には、全く規則性を捉えられません。むしろ、規則性を外す、意味性を排す、という体系のように思われます。
言葉にしてからが、ほとんど意味を聞かせようとしていません。
習慣的に意味を捉えようとする耳は、つねに裏切られて虚空をつかんで還ってきます。

舞台の動きは、緩慢で最小限です。
シュワルツネッガーや、ブルース・ウィリスのようなアクションを期待することはできません。
実際に動作で表してしまえば、それは日常的な意味として了解されていくのですが、動かない、となると、動かない姿、小さな所作が、限りなく象徴として機能するようになるのです。

象徴については『枯山水 山河』でも書きましたが、さらに深くいうと、象徴による操作を行う枠組みが「儀式」になります。
儀式は神の力、あるいは目に見えないエネルギーの統御のためにあります。
そう考えると、動かないことでより大きな目に見えないエネルギーの流れを場に生み出しているのです。

この日、能には大きな拍手が起きていましたが、本来能は観客に見せるためではなく、神に捧げるものであるために、拍手はしないのだ、と後で聞きました。まさに儀式であるわけです。

そんなわけで(言い訳ではなく)、僕はうつらうつらと幽玄境に入っていったのです。こういう不思議な意識状態は、タルコフスキーという監督の映画でなったことがあります。要するに寝たとも言えるのですが(笑)。軽い催眠状態といったほうが穏当でしょうか。

そんな朦朧とした意識状態の中で、能は進み、はっと気づくと、鬼が舞台に現れて、金色の盆のような鏡を掲げました。音も最高潮に高まっています。

その瞬間の美しさ、ほんの一秒か二秒、いや時間はありません、夢幻の中の時間ですから測ることができない、でも瞬時の閃光的なものが、僕の中に入ってきました。
その美しさは写真には写らないのです。僕という受容器がある状態に作り出されて初めて入ってくる美しさ、そういうものがあるのです。
言葉にもならないし、感動したとか、幸せや快感とも違う。でも、僕の中に深く入って生き続ける美しさです。

ものすごく贅沢な一瞬です。

このことのために能というものが仕組まれて、伝承されているなら、ただならぬことです。どうただならぬのかは、理屈になるのでやめます。

やれ、おそろしや。

もちろん、これは初めて能を見た僕の理解なので、能を見続けている人は、もっと深いものを見ているかもしれません。

我が敬愛する山田風太郎は、遺作『柳生十兵衛死す』の中で、能をタイムマシンとして使っているのです。その設定はじつはピンと来なかったのですが、昨日の薪能を見て、意識の時空を超えさせる装置としての能というものをいやというほど体験したのです。

だからといって、能を今後積極的に見たいか、と言われたらそうでもなくて、一年に一回くらいで十分です。

見たくないけど、すごすぎるぞ、能。

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Author: 村松 恒平
Profile:村松恒平 1954年東京生まれ。【DRAGON ART CREATOR'S REVIEW】編集人。編集者、ライター、芸術家。著書に『プロ編集者による 文章上達スクール』シリーズ(メタブレーン)など。面白いプロジェクトや、お仕事募集中!
Data: 2007 年 5 月 24 日 at 9:37 PM

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